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2004年 09月 17日

デザイン・だめモード。

煮詰まっている。
もう半年もそのままになっているデザインの宿題がある。ヤバい。
いや、決してそのままになっている訳ではない。スケッチはバサバサといっぱい描いている。進むべき方向もはっきりイメージできているのだが,どうもかたちに着地できない。力入りすぎちゃってかえって考え過ぎの悪循環モードに入っちゃったというか。いい加減,気長なクライアントからすら三くだり半のFAXが流れてくるのではないかと…。うう。

パッと瞬時にできるか、ものすごくしつこくねちっこく考え抜いてやっと出来上がるか(しかも時間で切られて),いつもその中間の「ほどほど」がない。まがりなりにもプロなんだから「適度にほどほどかつ3割バッター」的安定感というのがあるべき姿のような気がするが。(こんなこと告白しちゃうと営業的に差し障りありますかねぇ?)
いずれにしても結果としての見えがかりは、いじくり回してもひらめきでも悲しいかな結局いっしょなのだ。むしろ苦労して捻り出したものより、パッと出来たモノの方が概して評判がよろしかったりする。「伊藤さん、なるべく考えないで!」って言われちゃうのも情けないよなー。



私のデザイン手法は削ぎ落とし系だ。一度全部くっつけてから要らないものは取る。文章書く時も同じ。削いで落とすのは実はとてもエネルギーと勇気の要る作業なのだ。それにものすごく不安になる。ここまで取っちゃっていいのか?と。(結局悩みの正体はだいたい不安との戦いだったりする)
すべての要素が必然性をもってジャスト過不足なく構成されている状態(機能主義っていうより、一種の結晶化)その純度にとてつもなく気持ちよさを感じてしまうのである。家具のデザインに面白みを感じるのもそこ。「くっつけ」はなんだか気持わるい。お愛想笑いも過剰なお茶目もいや。「お茶目」という機能も必然性があればできるんだけど。…とか堅いこと言ってるから、どんどん消去法で答えを狭めて苦行めいてくるんだな。真面目すぎてデザインに色気がないとか言われてるし(どきっ!)。

ハンス・ウェグナーの家具は、学生時代に見ていた時より今の方が感動できる。北欧的なクラフトマンシップがとか、木のぬくもり云々的なインターフェイス(?)も確かにそうなんだけど,むしろ実験精神と削ぎ落とし魂がちゃんと現実の地上に着地しているところにすごさを感じてしまう。しかも全く自然体で気持よく。

そば屋で読んだ新聞記事によると、とあるアートディレクターの信条は「自己完結しない」なんだそうだ。あー私めちゃめちゃ自己完結しちゃってるわ。もっとさらっとオープンに楽しくデザインできないものかのぉ。
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by chiori66 | 2004-09-17 02:22 | つれづれ日々の泡


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