2004年 09月 18日

音楽的知性とは

今、仕事場のお隣さんのピアノレッスンルームで、発表会の最後の練習をしている。
大人の多い教室で、演目もショパンとかピアソラとかラフマニノフとか
ガンガンにテクニカルな曲目が続く。(フォルテッシモで!)
みんなすごいうまい。びっくり。
それにしても不思議に思うのは、音楽ってなんなんだ?(いやはや根源的すぎますな)



普段は私ともバカ話している陽気な女の子たちが、ピアノに向かったとたんに、
まったく別のスイッチが入ったかのように
深く激しく人生やら哲学やら、音楽で語ってしまうのである。(感動的)
同じことを言葉で語れるかというと、「えー、わかんないー」とか言って
やっぱりバカ話になっちゃいそうなんだけど(笑)。
(音楽の源はシャーマン的な云々って話はミョーに納得)

その知性ってもともとは五線紙の上に定着させた作曲家のもの(っていえるのか?)で、
基本的には誰が弾いても一定の感動を生み出す音の組み合わせになっていて、
その楽譜の通りに鍵盤を正しく上手く速く弾くとなるとまさしく技術や身体能力の問題で
…ってことに厳密に言えばなるのかもしれないけれど、
形式も技術もあるレベル以上にいくと単にそういうことではない光を放ち出して、明らかに別の領域のものになってしまう。
いや、技術の問題じゃないか。
技術はなくても感動的な演奏はたくさんあるし。
そうなると、いわゆる「感性」ってことか?(あぁ、この言い方陳腐。でもこれ以外のことばが思いつかない)

からだとたましい問題というか。フォームとコンテンツ問題というか。
どんなメディアでも(スポーツとか職人技とかも含め)感動的なものはその辺が渾然一体となっていて、特に音楽はそれが2重にも3重にも複雑に絡まっていて、
これってなんなんだろー。分からないー。

というわけで、謎ゆえにこの先も口ぽかーんで音楽に惹きつけられ続けるのです。
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by chiori66 | 2004-09-18 17:39 | つれづれ日々の泡


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