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2004年 04月 12日

4/11 (その2)アンコールワットへの道・後編

a0011442_11555.jpg いよいよアンコールワットへ。門を入ってから、カンカン照りの石の参道を歩く。この時点で気温推定38度以上。クメール新年の関係で今日はツーリストよりカンボジア人が多いとのこと。遺跡もさることながらカンボジア人ウォッチングするのも楽しい。(中略)さてアンコールトムは仏教遺跡だけど、こちらはヒンズー教。この遺跡でも私が感動したのはやっぱり回廊のレリーフ。
素晴らしい仕事。感動的な保存状態。様式化されているがモチーフのストーリー性と素朴かつ的確な表現。ずーっと見ていても飽きないでしょう。コサルさんの解説があってこそエンジョイできるけど、ただバックパッカーで来てもなかなか図柄の内容まではわからなかったかも。ガイドさん付きもいいもんだ(贅沢)。

しかし今日のツアーで一番印象深かったのは、このレリーフを見ながらコサルさんがぽつぽつと話してくれた子供の頃の話。彼の出身地でもあるシェムリアップはタイ国境から150kmの町。彼が子供の頃は、夜になると4時頃に早々に夕食を済ませて家の中でじっとしていたという。なぜならば、夜になると政府軍と国境近くに潜んでいたポルポト軍の銃撃戦が始まるから。どんな音でどんな風に銃弾が飛ぶか口まねしながらおもしろおかしく話してくれたけど、そこから聞こえる話は全然笑えない。その頃は屋根が椰子の葉でできた貧しい家に住んでいたからお母さんは銃声が聞こえるたびにあたふたと荷物をまとめていた、とか、雨期には膝くらいまで家の中でも浸水していて立ったまま一晩過ごした、とか。レリーフの中の地獄絵図を指さして、この光景そっくりですね(ポルポト時代に)とのこと。うーん。

  さていよいよアンコールワットのあのどうもろこしみたいな棟へ。天国への道の大変さを模したという急階段でてっぺんへ。
うわー、本当にアンコールワットに来ちゃったんだ、私。アンコールワットって本当に実在する場所だったんだ。まさか一生のうちに来ることもなさそうと思っていたから、それが現実の場所、今立っている場所だっていのがリアリティがない。
はぁ〜。
午後になってますます酷暑。42度くらいあるね、とコサルさん。これが42度か。でも意外と大丈夫かも。水さえあればなんとかなる。
4時15分の飛行機でプノンペンへ。

    着いたらもうすずしい夜の風が吹き始めていた。プノンペンの夜は今日が最後。ホテルのすぐ近くのFCC(外人記者クラブ)へ。ここは一般にもオープンなレストランやバーがある。コロニアル風な建物にオープンテラスのある完全に欧米風のレストラン。白人観光客がいっぱい。ちょっとインテリっぽい感じの人とか。多分、映画「キリングフィールド」にも出て来たようなところだと思うけど。
夜の川沿い通りを見下ろしながらここにいると、所詮は外国人な自分を再確認する場所のように思える。それは別に悲しいことではなくて、ただ私はカンボジア人ではないというだけのこと。通りゆく若者のバイクの群れと、向かいの外人向けプール・バーの窓から見えるどこかの国の金髪青年のキューさばきを眺めつつ、カンボジアの未来について考える。
いよいよ旅も終わりになりました。
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by chiori66 | 2004-04-12 11:15 | カンボジア旅日記


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