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2005年 05月 03日

早春メモ

a0011442_155209.jpg早春の山林をふらふらと歩く。山林と言っても里山。でも里山というにはあまりに野放図な。

植物も虫もまだ眠っている今のこの時期は、地形と林の輪郭も、雪解けで水量の増した蛇行する沢の流れもはっきり見える一番良いシーズン。スズメバチに襲われる心配もなく、薮に迷って道を失う心配もないし。いつもの場所を、飽きもせず今年も。

雪がまだらに溶けかかって泥だらけにぬかるんだ風景は決して美しいものではないけれど、美しい風景では見過ごしてしまうたくさんの情報と意味が隠れているように思う。光、水、かたち、音、痕跡。




今年は野兎が妙に多いのか、溶けかかった灰色の雪面に小紋の柄のように縦横無尽に足跡がプリントされている。ボーロのような、不思議に愛くるしい形の糞があちこちにかたまって落ちている。体温のある生物のサイン。

a0011442_1555146.jpg沢のある湿地帯の雑木林を抜けて急な斜面を上がっていく。ここはかつて道だったけれど、今はかろうじてかすかに轍の残っているだけの曖昧な地面。ここから南側に広がる林に足を踏み入れる。

昨年の台風とその後の畳みかけるような記録的積雪で、林の中の倒木は想像以上。
根こそぎ倒れているもの、幹の途中から折れているもの、枝がしなって裂け目を見せているもの。荒れている。なすすべもなく痛々しい。
a0011442_1564151.jpg不思議なことに、倒れているのは林の端の方というわけではなく、真ん中の特定の数本だけだったりする。同じ風が吹いても倒れる木と倒れない木がある。風の通り道があるらしい。

昔植林されたカラマツ林。律儀に整列した心地よい境界。人工の自然の美しさ。
細くまっすぐに空に伸びて秋には落葉する。落葉した松葉が歩くと気持ちよいふかふかな地面を作る。細かく折り重なる枝の隙間から落ちる柔らかく乾いた光。
カラマツ林ってなんとなく垢抜けて見える。なぜだろう。a0011442_235966.jpg
地面を見ているとレース編みのような茶色く枯れた小花が散っている。見上げるとカラマツの幹に抱きつくように蔦あじさいが絡まっている。あそこも、ここも。
きっと6月には「白い花の咲くカラマツ群」という世にも珍しい光景が展開しているのだろうな。・・・誰も見てないけど。

カラマツ林を抜けると白樺の白い林。空を争うようにさわさわと細く高く伸びている。
白樺林の空気は、清潔で冷たい。どことなくよそよそしく、寂しいような、でも懐かしいような、このままどこまでも迷ってしまいたいような、遠くから憧れるような。そんな色。

あてもなく、空っぽの頭に足が命令するままに彷徨う。誰もいない林の中を、どうして私は歩いているのかな?ここはどこだっけ?自分と時間がなくなる感覚。

歩きながらふと、高校の宿泊研修でニセコアンヌプリを登山している間中、"山に棲む虫"について考えていたことを思い出した。
山に棲む虫は、生まれたその場所以外を知らない。海を渡る蝶や遠くまで飛ぶ蜂もいるけれど、恐らく多くの昆虫たちはそこで孵化して、その辺りで死ぬ。
植物もまた生きる場所を選べない。実生の木はたまたまそこに落ちた種によって、その運命が決定づけられている。
嵐が来ても一歩も逃げることさえできず、自然の猛威のなすがままに淘汰される風倒木を目の当たりにして、場所とそこに生きていることの関係について再び考えてしまう。

人間は場所を選ぶことができる。世界に選択肢は無限にあるけれど、選べない場合もあるし、選ばない場合もある。場所に縛られることもあるし、自らを場所に縛りつけることもある。絶えず場所に対して関わりをもたないで流れる旅人の視点もある。

さて私はどうしたいんだろう?
ただ自分の好き勝手に生きて、世界に対して何もなしていない自分の(社会的にも生物的にも)、あまりの存在理由の希薄さに一瞬恥じ入るのだけれど。

とはいえそれは決して悲観ではなくて、名もない山林に生まれ落ちて朽ちる樹や、山に生まれてひと夏で死ぬ虫や、走り回る野兎となんら変わらない、むしろそういうくらいのイコール感なんだという単なる事実。
誰にも知られずひっそりと生まれて死ぬという、その山林の中の静謐さに単純に心打たれる。

人は自分が特別であると思いたいものだけど、別に特別でもなんでもなく。
存在の波及効果は樹木と同様にせいぜい半径10mくらいなものかもしれない。
でもそれでいいんじゃないのかな、とつぶやく自分がいたり。
でもそれではよくないんじゃないかな、とささやく自分がいたり。

自然の中にいると、頭が空っぽになるくせに終わりのない考えがぐるぐると巡ります。
自然が語りかけてるのではなくて、自分の内側を鏡のように自然に映して見ているものなのでしょう、きっと。
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by chiori66 | 2005-05-03 01:16 | つれづれ日々の泡


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