2005年 05月 16日

まずさは犯罪。

久々にまずいものを食べた。

「まちの洋食屋」を標榜するいんちきレトロ風の食堂でオムライス。800円也。
洋食・レトロ・オムライス。これだけであらかじめ一抹の不安を抱くには十分だったのだが。
場所のわりにどのメニューも微妙に高い。見た目上はかなり立派なものである。
しかしながら食べてみたら、あーやっぱり…な味。
1/3で、もう飽きた。ていうか、食べられたものではなかった。

瞬時人生における様々な外食体験が、走馬灯のように頭をめぐる…。
(走馬灯ってどんななのかよく知らないんだけど)




安くて旨いもの。外食界においてはこれが一番ステージが高い。
感動もあるし驚きもあるし感激もある。こっちがお金を払っているのに、感謝すらしたくなる。(「あぁー、いい思いさせてもらいましたわ」)
これはすべてにおいてポジティブな記憶だけが残る最良のパターン。

高くて旨いもの。これは許せる。高いと感じても、得難い感動体験との等価交換と考えられるのであれば損ではない(10分一万円の観光ヘリコプターに乗る人と同様)。損だと思う人は食べなきゃいいんだから。

安くてまずいもの。これも案外許せる。
昔、東京の西荻窪に住んでいた時、南口の近くにカウンターだけのばっちい定食屋があった。たしか、コロッケ定食280円とか。
揚げ油は恐ろしくギロギロで、デミグラスソースはおそらく缶からそのまま。おやじさんは味噌汁の大鍋にホースで直接水を足す…、と不衛生なことこの上なし。でも、そこまでくるともう笑いの世界。客同士に妙な連帯感。この値段だし、ま、いっかー。みたいな。
安くて不味いものには可愛げがあるのである。

が、しかし。(食べ物の恨みは恐ろしいよ、私の場合。)

高くて不味いものを食べた時の気持ちはどうだ。
私のそれは、怒りではなく、むしろやり切れなさに近い。
「・・・なんでやねん?!・・・・・ねん・・・・ねん・・ねん・・」

全宇宙の不条理と理不尽さが、今この瞬間この皿の上にすべて集まっているかのような。
金返せ〜〜!というより、お金返してくれなくていいから残させてくれ!今すぐ立ち去らせてくれ!
…と言いたくなるような。

今回を含めて今までに記憶に残るほどの「不味い」体験が3回はあった。

一つは某百貨店の蕎麦屋。もり蕎麦750円也。
…まずかった。非常にまずかった。麺・つゆ・サービス、ダメダメの三位一体であった。
もり蕎麦ゆえ、逃げがない。仕方ないので、半分残して逃げた。
しかしそのまま逃げるのでは癪にさわる。てか、怒りの過呼吸とアドレナリン過剰分泌で、何か訴えないでいられなくなってしまったのだった(←おばさん化)。

私は美味しい時には盛大に「美味しかったです!」と伝えずにいられないたちなのだが、
不味い時には「最高に不味かったです!」と伝えていいものなのか。パートのレジのおばちゃんに向かって訴えたところで、のれんやそこらに空しく響くだけである。
不味さはお店に伝えた方がいいのかな、どうなのかな?いまだに迷うところではあるが、どうなんだろ。

で、その時件の蕎麦屋でとっさに行った私の奇行。割り箸でせいろ上にバッテン型を作り、ダイイング・メッセージよろしく紙ナプキンにそばつゆで「ま・ず・い」の三文字。厨房にダイレクト送信!
…それ、単なる変な客だよ(笑)。

不味さ体験の残る2回は奇しくもオムライス。
ひょっとしたら、オムライスというジャンル自体が不味いものなのか。
いや、そもそも私のオムライス認識自体が間違っていて、オムライスとは本来ああいうものなのかも…。
ああ、わからないわからない。しかも書いてるうちに、どうでもよくなって来た。

とりあえず今後は外でオムライスを食べるのはやめにしよう。
あ、もちろん今回も半分で逃げてきましたよ。
うー、でも、前言撤回。やっぱ金返せ〜!おらおら、責任者出てこーいッ!!
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by chiori66 | 2005-05-16 21:41 | C級グルメ研究


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