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2007年 04月 09日

選挙とデザイン

a0011442_23334760.jpg選挙でした。

やっと終わってくれて正直うれしい。やっと静かで平和な日々が戻ってくる。
選挙そのものが環境破壊であるということは、今さら言うまでもなく。

街宣カー、うるさい。選挙事務所、勝手に電話かけてくるな。印刷物だの郵便物だの、かなり無駄。(ついでにいえば、ウグイス嬢のスタッフジャンパー、リサイクルできないじゃん…)

それよりなにより、選挙が終わればあの選挙関連のバッドテイストなモノモノを目にしなくてもよくなる、というしあわせ。
時代が21世紀に変わっても、選挙全体の全くのソフィスティケイトされなさ、あの昭和感たるや一体どういうことなんだろう?





一般的に、保守より革新の方がデザイン指数は高い。
それにしたって。たすきがけ。選挙カーのデザイン、ポスターの色も、フォントも、写真の照明も、選挙事務所のパイプ椅子とダルマと神棚の位置に至るまで、すべてがめちゃめちゃベタである。別にベタでもいいんだけどさ、消極的なバッドデザインは情状酌量の余地ありだけど、バッドであり、かつ自己顕示欲が強いとなると、やっぱりそれはもう公害の域なのではないかと思う今日この頃。

じゃ、ハラケンヤ氏やフカザワナオト氏がポスターや選挙グッズをデザインすればいいか、といえばイヤそうではなくて、デザインされすぎた選挙戦は気分が鼓舞されないこと間違いなし。理性に制御された意匠は選挙には合わない。
選挙ポスターの効果と効能はおそらく研究され尽くされて(D通あたりで)、戦略的にベタな路線が生き残っているのだろうけど。

そして本日、母校の中学校へ投票に行く。
投票会場である体育館に入ってみて、今まで一度も気づかなかった事に気づいた。
体育館の壁が、ぐるり一周紅白幕でにぎにぎしく飾られていたのである。

投票と紅白幕。
そうか、選挙ってめでたいのか。
そうか。選挙=村祭りなんだな。

そうなるとやはり意匠も土着的な高揚感のあるものでなければならない。すなわちベタであることはむしろ必須と言えよう。それならばやっぱり鉢巻きもいるし、うちわもいるさ。神輿も、ダルマも、お神酒もみーんなあり。

庶民性とデザイン、それは永遠のテーマ。選挙における『見た目問題』が今後の未来において劇的に変化することはあるのだろうか…。(しかも4年にいっぺんとかだし)
なんだか分かったような分からないような、あきらめにやや近い納得で帰路についたのだった…。

あ、そういえば、黒川氏のガラスの宣伝カー見そびれちゃったよ。
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by chiori66 | 2007-04-09 01:02 | つれづれ日々の泡


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