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2009年 05月 03日

絶滅危惧種をめぐる旅(その2)

ところで「四つ玉」といって思い出すのは、学生時代を過ごしていた東京・西荻窪。

時は昭和と平成の境目あたり。
JRの駅の北口を出て正面の路地すぐのところに、その当時すでにかなりレトロな雰囲気を醸し出しているビリヤード場があった。
外壁に書かれた古くさい「ビリヤード」の看板が気になり、ある日、なんとなく入ってみることにした。


ワンレンボディコン・バブル全盛のキラキラの時代に、
愛想っ気も化粧っ気もなく、日曜日の夕方にひとりで球撞き場にやって来る女。
客観的に考えれば、おそらくかなり妙な客だっただろう。(ってか、さびしい…。)


それはともかく。






入ってみるとお客はまばらで、入って右側のカウンター脇に「おばさん」がいた。

おばさんは、小柄で年なりにふっくらしていて、てろんとしたワンピースにエプロンをしている、そんな感じだったような気がする。
ゆったりした首もとの襟ぐりだけはよく覚えている。

店はひと目で気に入った。
かしいでいるような木造の一軒家は、なんだか、ものすごく、グーだった。


それからの一時期、何度もおばさんと遊んだ。
一緒に撞く相手がいないし、常連さんに「教えてよ」なんて恥ずかしくて言えないから、いつも一人か、おばさんと球を撞いていた。

おばさんはビリヤード屋の主人のくせに、不思議なくらいの素人くさいキューさばきだった。家業なのに下手っぴい、というのが、なんとなく意外で素朴で嬉しかった。(あれ、わざとだったのだろうか?)
記憶が正しければ、当時おばさんは82、3才。60歳も年の違う二人の、まるっきりスピード感のない球撞きごっこ。


おばさんの話によると、このビリヤード場(というより「撞球場」っていうのが似合う)はご主人が昭和初期に始めて、ご主人亡き後もおばさんが引き継いで営業しているとのことだった。
「へー、もう50年以上もやってるんだ!」
戦争を挟んで店を守ってきた、その歴史とたくましさにいたく感銘を受ける。時代の浮き沈み、町の移り変わり、さぞかしモボだったであろう若き日のご主人と若き日のおばさんの姿なんか想像して。

壁にはおばさんが描いたという油絵が掛かっていた。上手くはない。でも味がある。
私が女子美の学生だと知って、あれこれ見せてくれたのだった。

階段を上がって二階に行くと、プールの他に確か四つ玉の台があった。
いかにも上級者の常連さんが、静かに球を撞いていた。

そんな隣に初心者がいるのは恥ずかしいから(←自意識過剰)、見ないふりしてさっさと引き上げて、結局は1階の入り口近くで、麦茶飲み飲みおばさんと雑談するのが常だった。

時間が止まったようなこの店では、昔なじみの老紳士も、いかにも中央線的なバンド小僧くずれも、つかず離れず同じ空間を共有して、不思議と品のいい、ゆったりした時間が流れていた。


*   *   *   *   *   *   *   *   *

その後、西荻窪を引き払って北海道へ帰ることになり、ご近所界隈にお別れを言いに行った。

駅前の果物屋、レトロな古着屋のバービーガール、角の酒屋のおにいさん、貸しレコード屋のキョーコちゃん、当然おばさんにも挨拶したはずだ。
「この時のことを、いつか思い出すかも」とそのとき思ったこと自体、今の今まですっかり忘れていた。


あの人たち、今はみんなどうしているんだろう?


*   *   *   *   *   *   *   *   *


さて時代は移り、インターネットとはいかにも便利なものである。

あの店はどうなったのか、昨夜試しに調べてみた。

当時すでに相当年期の入った建物だったから、当然もう取り壊しになったことだろう。
おばさんだって、もうきっとこの世にはいない。

実を言うと、始め名前を思い出すことができなかった。
西荻窪、北口、ビリヤードで検索してみる。

そう、山崎。「ビリヤード山崎」だ。


驚いたことに、なんとまだ同じ場所で現役で営業していた。さすが東京!
おばさんもほんの3年前までご存命だったそうだ。現在は娘さんが経営しているらしい。
寂しいけど、なんだか嬉しい。
(まぁ、もしおばさんが今生きていても、私のことなんて覚えているはずないけどね。)


そのインターネット掲示板には、件のおばさんの油絵が載っている。
それを見た途端、たちまち魔法のように、どこか記憶の片隅に沈殿していた感覚がよみがえってきた。

観葉植物が妙に逞しく生き生きと見える、けだるく湿った夏の夕方の空気とか。
その中に響くビリヤード場独特の音、

コキンとキューが球をはじいて、ポケットに落ちるドスンという感触、
四つ玉で遊ぶおじいさんたちの奏でるコツンコツンというやさしい音とか。

そうそう、私は大好きだったんだ、あの音が。


…そんなちょっとノスタルジックで甘ったるい気分にしばし浸りつつ。


掲示板によると、東京でも四つ玉が撞ける店はもう1,2軒とか。
「常連さんがお突きになる間は、四つ球台は残しておいて」と言ったおばさんのことばに涙。
じゃあ、スガイにないのも仕方ないなぁ。


今度西荻に行ったら寄ってみようかと思う。
お近くの方、お通りの際はぜひ覗いてみてください。

「ビリヤード山崎」掲示板

(つづく)
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by chiori66 | 2009-05-03 00:34 | だって好きなんだもん


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