2010年 02月 12日

風船爆弾

岡倉天心のことを調べていたら、「風船爆弾」につながってしまった。

日本軍の「風船爆弾」が太平洋戦争末期にアメリカに向けて放たれた場所の一つが、岡倉天心の別荘だった「六角堂」が建っているのと同じ、北茨城の五浦海岸だったらしい。

風船爆弾については「戦争末期にアメリカに向けて飛ばした、ない材料と女学生たちを集めて作った紙製の気球型爆弾(という今となっては荒唐無稽で滑稽な作戦)」というくらいにしか理解していなかったんだけど、
色々調べてみると、実はこれは笑えないほど大真面目で大変なことだったんだなと認識を改めた。

なんと風船爆弾は和紙とこんにゃく糊(!)で作られて、たいへんシンプルかつローテック&精密な技術を駆使し、ジェット気流に乗って8000km先のアメリカまで2〜3日で到達していたらしい。9300発のうち約1000発近くが北米大陸に到達。(こんなのが音もなく飛来してきたら不気味)
しかもこれを作って(作らされて)いたのは当時の10代の女の子たち。
すべてがただびっくりです。

昨今声高に「日本のものづくり」という言葉が語られるけれど、ある意味これこそ日本のものづくりの真骨頂という気もする。

「風船」なんて牧歌的に響く言葉とはいえ、結局は兵器製造だし死傷者が出たし、関係者には辛い思い出だったに違いない。その一方で、なぜだかものすごく惹き付けられるストーリーではあります。

こちらのビデオを是非。
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by chiori66 | 2010-02-12 01:12 | つれづれ日々の泡


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