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2004年 04月 30日

ビバ!黄金週間。

連休にはいい思い出がない。
正確には「連休には」ではなくて「連休明けには」。
人並みの権利主張として連休遊び呆けてしまうと、連休明けには必ず何かしらしっぺ返し的な不吉なことが起きるのである(特に仕事関係)。そのせいで、楽しかったはずのお休みの思い出は暗転、調子に乗るんじゃなかった…というモーレツな自己反省へ。そんなこんなで、いつの間にか連休をフルで休んでしまうことに罪悪感すら感じるようになってしまった(典型的日本人)。結果、連休とは中途半端に休んだよーな、仕事したよーな妙な日々になってしまうのである。
(しかしさー、そもそも休みの直前に舞い込んできて「休み明けまでにヨロシク」って仕事、一体なに?人道的にどうよ?)

ゴールデンな連休を目前に、今年は休むべきか働くべきか、いまだに決めかねている今夜の私。なんて言っているうちに連休も終わってしまうことでしょう。
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by chiori66 | 2004-04-30 23:21 | つれづれ日々の泡
2004年 04月 29日

「女の一生」 CD "Strange Weather" by Marianne Faithful

a0011442_212520.jpg最近読んだ本の中にちらっと出てきた人物が彼女を連想させたので、久々にマリアンヌ・フェイスフルのCDを引っぱり出して、長距離移動中の車の中で聴いた。聴き始めたら、エンドレスで止められないくらい感動した。ので、ちょっと紹介。

マリアンヌ・フェイスフルは60年代に清純派アイドルとしてイギリスで一世を風靡したのち、ミック・ジャガーとのスキャンダル、ドラッグ中毒etc…を経て、一度は場末のクラブ歌手にまで転落。かつての美少女お嬢様ファルセットヴォイスは、老婆のようなしわがれ声に変わってしまった。彼女の波乱の人生の詳細は色々と書かれているので他に譲りますが、「堕ちたアイドル」として記憶の彼方に押しやられていた彼女が、再び音楽シーンにカムバックしたのが70年代の終わり。

キーワードのようにくり返し耳に残ることばがStrange/Stranger。
どんよりと垂れ込める雲のように全編を支配する、憂鬱、倦怠、退廃、悔恨、感傷etcのムード、その切れ目から時々差し込む朝の光のように清冽な音のきらめき。このアルバムの構成そのものが strange weatherのよう。(でも音楽に楽しさを求める人にはちょっと辛い音楽かもしれませんね。好き嫌いは多分まっぷたつに。)

トム・ウェイツ作の表題曲を始め古今の様々な楽曲をカバーしているが、その中に何気なく出てくる単語のひとつひとつが、彼女の人生そのものの波乱と過去を連想させ、聴く側のイマジネーションをかき立てる。(悲しみが深いほど傷口が痛いほど、影は更に暗く光は更に輝きを増す。歌手っていうのは公衆の面前で公開火刑に処される魔女みたいなもんかもしれませんね。エディット・ピアフ、ビリー・ホリディ、ジャニス・ジョプリンしかり。まさにブルーズ!)

ミック&キースがマリアンヌのために作った名曲「As Tears Go By」のセルフカバーは、20年前と同じように美しくて切ない。でも一まわり地獄巡りをして彼女が戻って来た同じ場所から見える風景は、もっと慈愛に満ちてもっと遠くまで見渡せるに違いない。
そこからつながるラスト曲の「A Stranger On Earth」の、どうしようもないアウトサイダー感。しかしサウンドは果てしなく優しく、遠くに救いが見える。
泣きたくなるほど胸をかき乱されます。
おお、マリアンヌ様、私はあなたを抱きしめたい!
1987年Island Recordsより発表。名盤!
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by chiori66 | 2004-04-29 21:19 | 今日の1枚
2004年 04月 29日

新記録・東京滞在7時間(うち覚醒4時間)

a0011442_1354.jpg 急な会議があって東京へ。千歳空港から機内でグースカして羽田に着いたら即、目の前のリムジンに乗ってまたグースカ。目覚めて新宿西口、そのまま交差点を渡って会議が2時間半(グースカなし)。終わってそのままビル直結の地下鉄大江戸線で浜松町のりかえのモノレールでグースカ。搭乗してまたグースカピーで気がついたら千歳に。
 珍しく誰にも会わずスタバにすら入らぬ東京。落としたお金は交通費のみ。日帰りってすごい楽だ〜!大発見。
(それにしても大江戸線、地下7階…それって不思議の国?)
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by chiori66 | 2004-04-29 01:36 | つれづれ日々の泡
2004年 04月 24日

楽しき思い出。

とある知り合いから興味深い話を聞いた。
Nさんは子供の頃、いつも小人と遊んでいたそうだ。小人の親友の名を「オウガ」と云う。
 幼少のNさんはいつもオウガと同じくらいの大きさ(人さし指と親指で計るくらい)というか小ささになって、一緒に探検をして遊んでいたらしい。
あるとき大峡谷のような所で遊んでいると、てっぺんに出っ張りのある巨大な白い球が目の前に出現した。二人はそれによじ登ってしばらく遊ぶ。ずいぶん経ったある日、普通サイズに戻ったN少年はふとしたことから家のふすまの敷居が何かに似ていることに気づく。近づいて観察すると、その敷居のミゾはこの間オウガと一緒に遊んだ峡谷とそっくりだ。しかもそのミゾの間に小さな球体が挟まっていた。よーく見ると、それは埃をかぶった干からびたエンドウ豆だった。あの白い球そっくりの…。

 この他にも尽きないオウガとの思い出。お母さんはいつも暗闇で独りごとを言いながら遊んでいる幼い息子を心配し病院へ連れていくことも考えたらしいが、残念ながら小学校の高学年になる頃にはオウガはあまり姿を現さなくなってしまった。

私はこの話にひどく感動してしまった。
子供の頃の楽しくかつヴィヴィッドな記憶の数々。しかも小人との。(←あんまりないよねぇ) 
断っておくが、Nさんは社会的に地位も名もあるちゃんとした大人である。科学的云々いろいろ解釈はつけられると思うけど、解釈してどうなる。やっぱりオウガはいたんだね、いい話だなぁ、と納得する私。
人が何と言おうとも自分にとっての真実が現実なのだ、な〜んて思った春の夜。
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by chiori66 | 2004-04-24 19:28 | つれづれ日々の泡
2004年 04月 21日

郷土史好き(※アンモナイトのループタイ着用禁止)

a0011442_1722.jpgちょっと調べ物があって、北海道立開拓記念館に行った。
開拓記念館といえば札幌の小学生の遠足の定番だけど、超久々に中に入ったら展示が昔と様変わりしていた。大人になってから見直すとかなり興味深い。

大昔その辺をのっしのっしと歩いていたであろうマンモスのデカさに驚き(踏まれたら死ぬ)、縄文人の石器の鋭利さに感心し(縄文人だってきっと髭そりしてたでしょう)、アイヌに対する和人の不当政策に憤り(まさしく植民地支配)、北海道人の建築的原風景のルーツはアメリカ建築だろうやっぱり(瓦屋根コンプレックス)、と推理してみたり。おもしろーい。でも平日とはいえ客が2人しかいなかった。大丈夫か?

しかしよくもまぁ、130年ちょっとやそこらでよくこんな隅々まで開拓したよな〜。うちの祖先も含め、開拓者はエライ。
船に乗って汽車に乗って徒歩で歩いて何日もかけてやっと到着した我が家予定地は木も伐ってない原野で、到着した夜に奥さんや子供たちはどんな気持ちだったか、翌朝目をさました時なにを思ったか。なのに妙に緑がキラキラ美しくて…とか、想像すると切ない(映画撮れちゃう)。
国策や家庭や当時の事情やら一獲千金やら罪人やら、皆いずれにしても何らかの運動エネルギーが働いてこの地にやってきた訳だから、エネルギー値のやや高めな祖先ばっかりってこと?それがいわゆるフロンティア精神ってヤツか?

http://www.hmh.pref.hokkaido.jp/
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by chiori66 | 2004-04-21 23:51 | つれづれ日々の泡
2004年 04月 20日

喫茶店、命。

初めて告白しますけど、実は喫茶店で仕事するのが大好き。

なぜか知らねど、喫茶店にいると猛烈に脳細胞が活性化されて、すごい集中力が出ます。資料読み、原稿書き、各種プランニング、事務作業に至るまで、仕事場でだらだら仕事するより、5倍は能率よし。(だったら仕事場持たない方がよっぽどいいんじゃないの?)
更に告白しますと、特にデザインエスキースは喫茶店じゃないとできないのでは?
というくらい。たぶん考えたり作業している時は、ちょっとイっちゃってる変な客であろうこと間違いなし。実際どっか行っちゃってる感あるし。
「よし!これでGO!」って方針が決まって、おもむろにノートをバタッと閉じると、俄然やる気が出てきちゃったりする。あとは単なる作業みたいなもの、楽勝〜って気になる(一瞬)。

今日たまたま久々に行って「ああ、私は喫茶店を愛してる!喫茶店なしには私は能無し!」と全世界に向かって言ってみたくなった(←意味はない)。
でもはたと冷静に考えたら、ただ単に「仕事場は汚すぎて落ち着かない」ってだけのことのような気もするが…。
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by chiori66 | 2004-04-20 01:12 | つれづれ日々の泡
2004年 04月 17日

世界の辺境にて

日本に帰ってきてはや4日。でももう半月くらい経った気分。
寒い…。
帰国する飛行機で、ミャンマーの建設系財閥の御曹司みたいな人と隣り合わせになった。彼によると、
「北海道?ロシアの近くですよね」
ということでした。確かに寒いわけだ。
(道民の心は南の方ばかりに行っているけど、ここより北にはサハリンとカムチャッカ半島しかない、かなり地の果てなんだって自覚してます?)
千歳空港上空から見えるなんにもない北海道の景色、ある種劇的ではある。

「旅日記」終了後もこのサイトを覗いてくれている方がいらっしゃるので
(今日もカウンターに数字が…!感涙)このサイトも継続してみることにしました。
どうぞよろしく。
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by chiori66 | 2004-04-17 17:06 | つれづれ日々の泡
2004年 04月 13日

無事、帰国。

本日午後、札幌に戻って参りました。

日本の第一印象:寒い。清潔(すぎ)。
あの、カ〜ッと暑い国が同じ地球上とは摩訶不思議。

余談:乗り換え待ちのバンコク空港で、足裏&上半身タイ式マッサージ30分コース。
信じられないくらい肩こりが消えた!!おすすめです。(懲りないね、私も)
ではでは。
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by chiori66 | 2004-04-13 21:06 | カンボジア旅日記
2004年 04月 12日

4/12 旅の終わりに

いよいよ、カンボジアの日々も終わり。
今日はプロジェクトオフィスで書類の整理をして、そのまま空港へ。

こんなに毎日が過不足なく刺激的に濃かったことは最近ほんとに珍しい。
「今いる場所が俺の家」ってある人が言っていたけど、旅って結局「今・ここ」を絶えず試されること、自分の心臓の音とパスポートだけが信じられる日々。それは瞬間瞬間の連続で絶えずリスクと背中合わせで、でも「ああ生きている!」という実感と強い刺激。(ちょっとバイクと似てるかも)
そして、偶然に導かれて出会った9割の人たちとは、おそらくもう二度と会うことはないでしょう。だから共有する「今・ここ」をぎゅっと大事にしたい。

お気楽な旅暮らしから、これから地上に戻ってまた日常が始まります。「今・ここ」の生活には、スリルはあっても責任や約束はない。そこから戻って来たときに、以前は単調に見えた日々の生活もまた違った新しいものに見えるんじゃないか。そんなことを期待しつつ。
(そしてしばらく経つと、またむくむくと道祖神の招きにあいて冒険を求めて旅の虫がムズムズし始めるのです。中毒だね〜、やっぱり。)
 
 3年先か10年先かわからないけれど次に訪れることがあったとき、この国はがらりと様相をかえていることだろう。今よりずっと豊かになって、4人乗りのバイクはトヨタに変わり、マクドナルドができて、だれもが衛星テレビを欲しがって、街中が清潔でこの安宿もリゾート客でいっぱいになっているかもしれない。元ボクサーで今運転手のハックは英語をマスターしてスーツに身を包んだビジネスマンになっていることだろう。そしてお決まりのように、「あの頃の方がよかった、貧しかったけれどみんな目が輝いていて」と外国人たちはノスタルジーに耽りながらつぶやくに違いない。
いつの日かこのアジアの小国も「途上」がとれるほどに発展して、そして少しずつ普通になっていく(※普通=国際化)。でもそれは誰にも止められないし、まさしく我が祖国が歩んで来た道だから。
 だからこそ、やっぱりカンボジアの「今・ここ」をなるべく瞬きもしないで目に焼き付けておきたくて、アホも含めてとりあえずなんでもやってみた。さて未来はどうなることでしょう。
 2週間もいて、結局覚えたクメール語は「オ・コン」のひと言だけ。それは「ありがとう」という意味です。それだけでも結構やっていけるもんだ。ちょっと自信もつきました。

あとはタイ経由の飛行機が無事成田につくことを祈るだけ。もしももしももしも万が一なにかあった場合は、このHPもテレビに映っちゃったりして、みなさんのうちの誰かが知人としてコメントしちゃったりして。その時にはぜひテレビ朝日にお願いします。どうせならまだ一度も観ていない古館さんにニュース読んでもらいたいわ。(でもって「どうりで彼女、ずっとテンションが上がりっぱなしで嫌な予感がしてたんですよね」とか言ってね。)
なーんて自分で先に言って、厄払い。

今回はみなさんのご声援・ご愛読(愛してない?)に支えられました。遠くから見守っていただきありがとうございました。日々ネタになりそうなことがあると「あ、これ今日書こう」と、ほとんど取材モードでした。面白いなんていわれるとついつい調子にのって(ほら、私おだちやすいから)。
この後このサイトをどうするかは決まっていませんが、今後ともひとつよろしく。
それではみなさん、次は日本で!

はげたかかおる
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by chiori66 | 2004-04-12 17:40 | カンボジア旅日記
2004年 04月 12日

カンボジアパンって

これ見てください。ここはパリではありません。早朝のプノンペンです。
おそらくバゲットの消費量、フランスに次いで世界2位じゃないかと勝手に推測します。前にも書きましたが、ここはながらくフランスの植民地だったので、その名残であることは一目瞭然なのですが。
別にアニエスB好きのおしゃれなお嬢さんたちではなくて、普通におばあさんやらおじさんまでが買っていきます。それも買い方が半端じゃありません。一人が5本も6本も(家族で一人1本なんでしょうね)。
ドライバー君に「あのフランスパンどこに売ってるの」と言ったら、「フランスパンってなに?…ああ、カンボジアン・ブレッド?」と訂正されてしまいました。
焼きたてホカホカ。パン屋さんのほかに、道端の屋台でもガンガン売ってます。おしゃれです。
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by chiori66 | 2004-04-12 17:34 | カンボジア旅日記